「クリエイティブな仕事」には4つの段階がある。
第1段階は「才能労働者」。工員や職人と同じく、働いた時間分や出来高だけお金をもらう。「才能」を使うけど内実は労働者と同じ。
アニメーターやマンガ家のアシスタント、といえばイメージできるだろうか。無記名ライターなどもこれに含まれる。
作ったものに自分の権利はなく、そのかわり責任もそれなりに軽いし仕事仲間もできやすい。
「才能労働者」が進化すると第2段階の「クリエイター」になる。作った作品の権利(一部または全部)を持つ人。
作品の内容に決定権を持ち、「働いた時間分」ではなく「出来上げた完成度」や「いち作品いくら」の契約でお金をもらう。
作品がヒットすれば版権収入で食えるけど、ヒットしないと仕事の依頼が来なくなるところは「才能労働者」より辛いところ。
「俺の作品」と言う権利もあるけど、作品が成功しても失敗しても批判にさらされる。
クリエイターが進化したのが第3段階「コンテンツ・ホルダー」。なんだか日経っぽいしゃらくさい表現だけど、ようするに「権利者」のこと。
円谷や石ノ森プロのように、過去の作品からの収入が保証されている状態にあるクリエイターまたは元クリエイターまたはその関係者。
昔、大ヒットを飛ばしたけど今は仕事していないマンガ家もこれに含まれる。
「単なる過去の作品」にならないように、定期的に新作(新シリーズ)を作るのが大事。
そして進化の最終形態が第4段階の「ブランド」。判りやすい例ではディズニーが第4段階。
この段階ではもはや新作を作る必要もない。ディズニーファンと称する人の大半は「なんとなくメジャーなキャラだから好き」なだけだからだ。
さて、ここまで話したら「じゃあブランドがラクチンでお金も儲かりそうだから、ブランドになりたい!」と思う人も多いだろう。
しかし、である。実は段階ごとに固有の「面白さ」「辛さ」があるから話はややこしい。
「才能労働者」はたしかに金銭的には恵まれない。でも仕事をいつまでも好きでいられる。
仲間もできるし、センスが古くなったから仕事がない、という心配もない。才能が少なくても、努力で補える。
「クリエイター」には「作品を作る」という喜びがある。作品の当たり外れはあらゆる博打の中で一番スリリングで甘美だ。
しかし、ヒットできないと自分自身が否定されるみたいに辛い。
「コンテンツ・ホルダー」はそういう浮き沈みの世界からいちおうは解放された「成功者」である。
一作品ごとのヒットや不発に右往左往されず、長期的な戦略で考えられる。
「ブランド」までいくと、クリエイターとしては「上がり」だ。村上隆はこれを狙って努力して、ほぼ達成しつつある稀有な日本人である。
しかし逆に「これまでのイメージを崩す」とか「新境地に挑戦」とかは求められてないし、許されない。ブランドとは「世界最先端の伝統」みたいな矛盾したものかもね。
さて、「仕事が面白い」とか「生きがいがある」というのは、実は「才能労働者」「クリエイター」の段階が一番だ。
しかしお金が儲かるのは「コンテンツ・ホルダー」や「ブランド」の段階。
第1~第4へと昇るにつれて財布はそれだけ重くなるけど、同業者の友人の数は減少する。
歌手でもお笑い芸人でもスポーツ選手でも、成功すると他業界の友人作りたがる、という傾向があるでしょ。
あれは第2から第3へステップアップしている証拠だね。第1段階では同業者の友人がなにより大事だったのにね。
「自分の思い通りの作品」を作りやすいのは第2・第3段階だけど、この二つの段階でみんな身体か心を壊す。忙しすぎるからだ。
第1・第4段階は「なんとなく自分がいなくても別に代わりはいくらでもいるんじゃないか」とか悩んでしまう。
単純に第1がダメで、第4が成功かというと、そうでもないのが面白いところだ。
「自分はどの段階を目指すのか、これからずっと考えた方がいいよ。なにも考えず、この段階を昇っていっちゃうと辛いこともあるから。
好きな仲間たちとワイワイ楽しみたいのか。自分だけの世界を評価されたいのか。成功して世間を見返したいのか。
どれも立派な動機だし、どれが正しくて間違ってるという区別はない。でも『自分には合ってない』という区別はあるはずだ」